「こちら、母なる星より」はデイジーワールドが企画・制作を行い、日本一ソフトウェアが販売した百合を題材としたADVだ。
前作にあたる”じんるいのみなさまへ”は至らない点はありながらも、シナリオは良く出来ており好感を持っていた。
そんな作品の設定を受け継いでいるように見受けられた本作に興味を持ち、もちろん応援の意味も込めて購入した。
今回はそんな本作のレビューを行おうと思うが、相も変わらず筆者はADVを得意分野としていないのでその点は注意して参照して欲しい。
ストーリー
本作はオーソドックスなADV形式の百合を題材とした作品だ。
ストーリーは6人の女の子達の群像劇のような形式となっており、最初からペアが設定されているような形となっている。
物語を進めていくと、どのペアの会話を聞くかという選択が用意されており、物語終盤にはそれまでのプレイで最も選択の多かったペアの物語が展開される場面もあるので自分が気になるペアを選択していくと良いだろう。
このペアの会話は非常に多く用意されているほか、同じ時系列で別のキャラクター達が何をしていたのかを知る事が出来るような構成になっている場面も多い。
本作のストーリーは端的に表現してしまえばポストアポカリプスものである。
パッケージのカバー裏にも記載されているのでネタバレではないという認識で記載するが、本作は宇宙より飛来した未知のウィルスによって人類がいなくなり、そこから長い年月を経た世界が舞台だ。
旅客船のような場所で目覚めた6人の女の子達が廃墟となった池袋でサバイバルをしながら共同生活をしていく事になる。
サバイバルをしていく状況下ではとにかく何も物がないというアドバンテージが0の地点からのスタートだ。彼女達の様々な知恵や工夫あるいは廃墟となった書店などから得た知識を基にして生活をして、更にQOLを良くしていこうとする向上心があるためサバイバル感がしっかりとある。
志向性が似ているとは言え前作との比較となって恐縮だが、比較すると本作の主人公である彼女達はスキル的なアドバンテージも若干低めであるため、本当にレベル1からのスタートに近い物語となっている。
そのような状況のためストーリー中では科学や生物、占星術など広範な題材が扱われているが、その扱い方に関してもソフトで嫌味が無い。
もちろん、メインの題材である”百合”という部分もしっかりと描かれており、彼女達が徐々に仲の良さが増していく姿は本作の見どころだと言えるだろう。
廃墟の街でのサバイバルと言う状況こそ過酷だが、物語ではそのような危機的な状況でも彼女達の精神はかなり落ち着いていたりする。
その他にもスマホの機種が全員同じものだったり、何故か過去の出来事を思い出せなかったり、はたまた廃墟となった池袋にしても純粋に廃墟となったとは思えない。そもそも彼女達は趣味なども違えば出身すら異なっているようで仲良くなったきっかけが想像しにくい。他にもいくつかあるが、これらの様々な状況が非常に不自然なのだ。
女の子たちの会話はもちろんだが、不自然な状況の世界設定が謎となり「何故こうなっているんだろう」とプレイヤーの興味を引き付ける作りとなっている。
プレイヤーの知的な興味を持たせる謎であるが、これは殺伐とした状況になりがち(あるいはその状況にする免罪符として扱われがち)なポストアポカリプス作品を陰鬱にものにならないようにするための工夫として用意されているものでもあるのだ。
これらの謎に関しては物語の後半になるにつれて明かされていく事になり、後半には物語が加速するように展開するため答え合わせをしていくような面白さがある。
なお、タイトルロゴもしっかりと伏線になっている。
筆者は前作のテーマを「ユートピア的ディストピア」と評したのだが、本作にしても大まかには同様である。
しかし、今作にて取り上げているテーマもあるように感じられ、それが「ホンモノとニセモノ」というものであるように感じられる。
それは前作では描ききらなかったSF要素における倫理面での苦悩の側面で、その部分が掘り下げられているのだ。
詳細にはネタバレとなるため伏せるが、本作では彼女達自身やその状況においてニセモノである事を悲観しない。
それを受け入れてポジティブに解釈して進んでいく。本来はニセモノであったとしても彼女達にとってはホンモノなのだ。
ストーリーの進行では用意された特定の探索ポイントを選択する事も多くある。
選択すると会話が開始され、中には必須ではないちょっとしたサブストーリーのようなものも存在する。
ただし、メインストーリーが進行するポイントとアイコンが同じであるため、うっかり選択すると全てを網羅しないままに次に進んでしまう可能性がある事は注意が必要だ。
また、基本的にはメインの探索ポイントでない部分に関してはテキストのみとなっている。
マップで探索ポイントを選択すると移動を演出する描写および会話がある。
空白となる時間経過を明示的に演出するのは良い事なのだが、会話内容は表示が早すぎてテキストを追いきれないのは勿体ない。
なお、この会話の内容はストーリーの進行と共に変化がある。
本作の世界観を補完するテキストとしてロッカーが用意されている。
ロッカーはストーリーの後半頃に解禁され、タイトル画面から参照する事が出来る。
この要素では主人公達6人以外のこの世界に生きていた人について知る事が可能だ。
これを参照する事によってこの世界で使われているSF的技術や主人公達を取り巻く環境に関する世界設定の一端を垣間見る事が可能だ。
ただし、テキストが自動送りされてしまうという読む上ではやや難の仕様となっている。この仕様はシステム設定の自動送りをOFFにしても変わらないようだ。
そのため、自分のペースでじっくりと読みにくい。音声による読み上げ形式であればまだしも、テキストオンリーであれば入力によってテキスト送りさせて欲しかった。
前作にあたる「じんるいのみなさまへ」と同じ世界観となっているが、前作の知識がなくとも楽しめるためその点に関しては安心して大丈夫だ。
逆に前作をプレイしていると設定が共通しているために、世界設定の謎の部分がわかってしまうと言う事はあるかも知れないが、それでも前作とは異なる驚く設定も用意されている。
また、前作をプレイしていると直接的な繋がりを感じられるファンサービス的な嬉しい要素もあるのはありがたい。
更に意図したものではないだろうが、時代性がマッチしているのも興味深い。
前作も本作もウィルスによって人類が壊滅した世界であるが、前作が登場したタイミングと比べると時代性(2020年頃のCOVID-19の大流行)にマッチする部分が多いのだ。
そのため、本作の世界設定を比較的現実世界の地続きとして捉えやすい環境になっているのではないだろうか。
この辺りの設定の利用で気になるのは「ウィルスによって人類が滅んだ」という事をどのように扱うのかだ。
前作においては「なぜ世界が荒廃しているのか」が謎として機能するようにデザインされていたのだが、本作においては前述の通りパッケージ裏にも記載があるものだ。
前作と同様の世界線、その上にパッケージ裏にも書いてあるような内容を主人公達が知る事になるのは物語の後半に差し掛かったタイミングだ。
プレイヤーが最初から知っているような内容を物語の後半まで引っ張るのは善し悪しがあるように感じられる。
特に前作をプレイ済みのプレイヤーはどこまで前作を踏襲して物語を解釈して良いのかが困惑し続けてしまうのだ。筆者の場合は前作と言うバイアスによって物語を根本から読み間違えてしまわないかという恐怖感が少なからずあった。
プレイヤーを安心させると言う意味でも「人類が滅んだ理由をキャラクター達が早期の段階で理解する」という状況にして物語を進めるようにしても良かったのではないだろうか。
とは言え、前述の通りその前提を知った状態でプレイしていても驚くような部分はあるのでシナリオが前作と全く同じような状況にはなっていない。
本作は多くの会話がボイス付きで進行するが、自動送りもあり筆者としてはありがたい。
これ自体は嬉しいのだが、筆者好みのベストな状況は「自動送り時には自然な会話のテンポになること」が本質的な目的なのだ。
本作はボイス送りのテンポが少々遅いためその点に関しては満たしていない。
マイナスポイントとまでは言わないが、そこまで出来ていれば更に嬉しかった。
次に気になるポイントは話者の判断に困ると言う点だ。
本作では話者のみをハイライトするような演出がなく、誰が喋っているのかがわかりにくい状況となる。
特に本作では最序盤から登場人物6人が揃ってしまうため、顔と名前を覚えるのがやや大変に感じられるのだ。
キャラクターデザインではいわゆる”ピンク髪”のようなアニメらしい「配色によるキャラ付け」はしていないため覚えにくさはより強いと言えるだろう。
その上、キャラクター達はお互いの事を名前で呼んだり、名字で呼んだり、あだ名で呼んだりとマチマチで、これもまた顔と名前を覚えにくくしている。
話者のみをハイライトする、あるいは物語として徐々にメンバーが増えるなど、顔と名前が一致しやすい配慮が欲しかった所だ。
演出面において最も気になるのは時間経過の演出だ。
「ちょっと遊んでみよう⇒楽しかったー」のような数分~数十分程度の時間の流れを演出として表現していない場面が度々存在しており、結果として会話中に急に時間が飛んだりする事になってしまいテンポ感がややおかしい…というよりも会話を聞いていて困惑する場面がままある。
このようなケースでは一般的には暗転を行って時間が経ったことを表現する事が多いが、そうした標準的な表現が出来ている場面と出来ていない場面がバラバラに存在しており徹底されていないのだ。
また、ボイス関連の部分も気になる所だ。
ボイスがない会話中に、一部だけボイスがある。またはその逆の状況が稀に存在しており意図が良くわからない。コレに関してはバグの可能性もあるのだろう。
また、単純にボイスの設定が間違っているものがある。
簡単に言えばセリフの内容と音声が合っていないもの、口調からして別キャラクターのセリフだったのでは?と思えるものがあるのだ。
この辺りは慎重に精査して欲しかった所だ。
システム
本作は非常にクラシックでオーソドックスなADV形式だ。
会話を聞き、時に選択肢があり、選択した際には専用の会話が発生するようになっている。
ストーリーの項でも上述した通り、選択した回数が多かったペアによって終盤に専用の会話が設けられるような形となる。
しかし、何かしらのギミックなどが用意されているような事は無いため、特筆すべきような本作の個性を決定づけるようなゲーム的な部分には期待しない方が良いだろう。
あくまでも女の子たちの関係性とサバイバルとSFの組み合わせというストーリーを楽しむ者であると認識するのが正しい。
グラフィック
本作ではキャラクターの立ち絵は正面、斜め、背面の3パターンがあるようで、それを工夫してストーリー演出として取り入れるようにしている。
瞬きや口パクもあるので、その辺りは一定のモダンさはあると言っても良いだろう。
ADVらしいスチルもそれなりにあり、1章辺り2~4枚程度の量が用意されている。
本作において物足りなく感じるのは背景で、種類がやや少ないのが演出面として勿体ない。
背景パターンが少ないため、多くの場面で使いまわされてしまうのだ。
会話の内容で十分に状況はわかるため作品としては成立しているが、来た事の無い場所でも使いまわされる背景はベターな選択とは言い難い。
このポイントが何とかなればもう少しリッチに感じただろう。
特にサバイバル生活に際して彼女達は様々な道具や家具などを作っていくが、それをもっとビジュアル面でみせて欲しかった気持ちは強い。
そうする事でよりワクワク感が増したのではないかと思うのだ。
サウンド
収録楽曲が多い訳では無いが、爽やかで落ち着いた雰囲気の筆者好みのニューエイジ的な楽曲が多いのは嬉しいポイントだった。
曲のループは短いが、それがかえって単純接触効果を生み出しているように感じられる。
声優の演技も悪くなく、しっかりとキャラクターを活かすように演じられており素晴らしい。
声優のアドリブなのかは不明だが、単純にテキスト通りに読むだけではない細かなニュアンスの演技が良く表現されているのは見事だ。
特に金刺玲頼(かなさし あきら)役の河上明日香さんの演技は非常に豊かなものがあったように感じられる。
もちろん、その他のキャラクターの演技も細かく表現されているので、ある種のアニメやボイスドラマのような感覚でも聴く事ができる。
総評
「こちら、母なる星より」のストーリーとキャラクター、落ち着いた癒しのあるBGMは魅力的だ。
女の子達が仲良くなっていく関係性を楽しむ事はもちろん、不自然な謎を残しながら進行する物語はストーリーを進める原動力となるだろう。
筆者は前作を「ユートピア的ディストピア」と評し、それは今作も健在だが、そこからもう一歩踏み込んだ倫理的な側面も描いている点も良い。
ただし、前作の挑戦し過ぎな部分からの反動なのか非常にシンプルなADV形式となったのは堅実と言える一方で、数多くある他作品との差別化には至らない。
ポジティブな面も多く感じさせるため、今後の挑戦に期待したい所だ。
外部記事